理想的な彼女


 可愛い貴女を見つめてしまうぼくを許して。

 放課後四時半、彼女はこの遊具すらない寂れた公園の、唯一設けられたベンチの前を通り過ぎていく。多分帰路への近道なのだと思う。そうじゃなければこのような人気のない場所を通ろうなんて考えもしないだろう。
 ぼくが彼女を見かけたのは本当に偶然だった。誰にも絡まれたくなくて逃げ込んだ場所が、たまたま学校の近くにあったこの公園だったというだけのこと。
 ぼくは世間でいう「不良」に属される人種だ。いや、ぼく自身はまったくそう思っていないのだけど、いつの間にか周りに囃し立てられるようにそうなっていたというべきか。髪を染めてみたいな、ピアスあけてみたいな、アクセカッコイイな、なんて欲望を突っ走りあれこれ試行錯誤しているうちに、元々ガタイがよかったこともあって、どこから見ても柄が悪い見目になっていたというべきか。どちらにせよぼく自身は平穏を愛する一般市民であって、暴力の部類と無縁でありたい人だ。
 それなのに周囲はそんな事情お構いなしに仕掛けてくる。そうしているうちに、いつの間にかぼくには舎弟なる者ができ、周囲に恐れられる人物になっていた。玄雨さん玄雨さんと犬っコロみたいに尻尾を振って尊敬の眼差しを送られることよりも、誰かに一線引かれている方がぼくには辛い。けれどぼくなんて言って素をさらけ出したら、本物の不良達の虐めの的になるのも嫌で強がってきた。
 だから、プッツンときてしまったんだ。我慢の限界といってもいい。
 そんなときに彼女と出会ったのだ。とはいっても、一方的にこちらが一目惚れをしただけだけど。
 胸辺りまである亜麻色の髪とパッチリした瞳は色素が薄くて柔らかな印象をもたらす。白い肌の覆う華奢な肢体は簡単に折れてしまいそうで、はかなげな雰囲気をした彼女はまるでお伽話に出てくるお姫様みたいだった。
 大事に大事にしてあげたくなるような、理想的な女の子。ベンチに座り込んだぼくの前を軽やかに通り過ぎていったそのたった一瞬に目を奪われたんだ――。


「玄雨さんっどこに行かれるんですか!」
「だっ大事な用があるんだ」
 どもりそうな声を精一杯張り上げて、追いかけてこようとする自称舎弟についてくるな、というきつい視線を送る。彼等は苦虫を噛み潰したような顔をして足を止め、その隙を見計らってぼくは背後の窓から飛び降りた。躊躇なしに二階からジャンピングだ。背後でキャアッという悲鳴を耳に留めるも、地面に足をつけたぼくは慣れきったもので、痺れすらない足で即座にダッシュをかけて校門を出た。
 午後四時半まであとちょっとしかない。一分でも遅ければその日はもう会えなくなってしまう。生憎ぼくはストーカー紛いにはなりたくないので、彼女と会うのは公園のベンチでのみと決めていた。それでも十分に変質者の素養はあるかもしれないけれど。
 見るだけだ。見るだけで、告白なんて考えたこともない。ただ彼女を目に映すだけで幸せな気持ちになれた。
 若干息切れしつつも公園に到着する。ハア、ハア、と整わない呼吸のまま奥にあるベンチに向かい、一歩一歩と足を進ませる。六月の湿気が肌にこびりつき、ぬめるような感覚が直に伝わってきて気持ち悪い。
 人気のない舗装路をまっすぐに突っ切り、開けた広場にポツンと置かれた古臭いベンチが見える。
 その前に、一人の少女がこちらに背を向けて立っていた。
 彼女だとすぐにわかった。生温い風が柔らかなウェーブを靡かせる。寂寥感を覚えさせる場所に佇むその背中ははかなげな雰囲気をますます際立たせ、ぼくは動揺して胸元を押さえた。声をかけるべきか迷う。けれどぼくは彼女の名前すら知らなかった。
 ジャリ、と砂の混じる音を鳴らす。彼女が振り返る。目が合った。彼女がぼくの存在を認めたのは初めてのことで、身動きできなくなった。どくんどくんと自分の心臓がありえないくらいの心拍数をあげて、距離が縮まっていくに比例してこれは夢だと思うようになった。
 ――ああそっか、これは夢なんだ。
 彼女がぼくなんかを視界に入れるはずがない。ぼくと彼女では世界が違いすぎる。そう思うと肩の力が緩やかに、けれど確実に抜けていった。
 そしてあと数メートル、彼女はぐんぐんと速度をあげて……いや、これはもう走っているというべきか。徐々に加速して何故か鞄を両手に構えた彼女は、ぼくに向かって予想よりも低い雄叫びをあげた……って、え、雄叫び?
「ぐぅおあらああああ!」
「うわあああ!?」
 勢いをつけて振りかぶられた鞄をスレスレのところでかわした。あぶなっっ髪掠ったわ!
 あまりに意外すぎる展開に体勢を崩したぼくはそのまま尻餅をつく。見下ろしてくる彼女は、普段の柔らかな雰囲気を微塵に感じさせず、むしろ殺伐とした鋭い眼差しで見下していた。常に纏っていたはずの可憐さは微塵も見当たらなかった。むしろ肉食獣じゃないか?
 殺られる、と本気で思った。喧嘩するときもこうまで思ったことがないのに、彼女から発されるオーラに心底震え上がってしまう。
「チッかわしたか」
「なっなにするの!?」
「それはこっちの台詞だ!」
 バサッと彼女の頭から長い髪が落ち……て。ショートカットのスポーティー美少女に早変わりした!
「テメエがナギサのストーカーか、ここ最近ところかまわず付け狙っていたらしいなァ……?」
「っはあー?」
 ナギサが誰かとか一体全体何がなんだかわからないけれど、どうやらぼくはストーカーの容疑がかかっているらしい。
 確かに毎日ベンチに足しげく通ってはいたけれどついていった覚えはないし、第一彼女がぼくとすれ違うことすら嫌ならここを通らなければ済む問題だ。ところかまわずなんて、妖精さんに癒されているような感覚で彼女と接していたぼくがストーカーにまでなりえるはずがない。だから即座に首を横に振った。
「ち、ちがうぼくじゃな……」
「問答無用!」
「いいいー!?」
 彼女は立ち上がるぼくから狙い外して、勢いのまま鞄を地面にたたき付けた。煉瓦道がガアンッと鋭い音をたててぞっとした。
 鞄に絶対何かを仕込んでる……! これは一刻も早く誤解をとくべきだと本能が訴えた。
「だから誤解だって! ぼくがストーカーなわけないだろ! 君の名前さえ知らないのにっ」
「アア゛? ざけんな、知らなくても後つけるぐらいなんともねーだろ」
「つけたことなんてないよ! ここで見かけるぐらいはしたけどそれだけだっ」
「信じられるわきゃねーだろ!」
「それならどんな確信をもってぼくをストーカーだというの!」
 理想的な彼女のイメージがガラガラと崩れていく。唯一の癒しがなくなっていく。
 滲み出そうな涙を必死で堪えながら睨みつけると、彼女は心の底からの絶望を滲ませる迫力の圧されて少しだけうろたえて眉根を顰めた。自信を持って潔白を証明しようとするぼくの姿勢に何らかのものを感じたらしい。渋々ながらもとりあえず大人しくなった彼女は目線をぼくから逸らした。そして不機嫌そうに引き結ばれた唇を開く。
「なんでって……なんとなくだよ。っっテメエの目がナギサに欲情してるように見えたんだよ!」
 とんだ言い掛かりすぎる! それに彼女にすら欲情なんてしていなかったぼくが一体誰にハアハアしろというのだろうか。右足をダンッと地面に振り下ろし右拳を掲げて言い切る彼女は男らしすぎて、もう何がなんだかわからなくなっていた。ぼくの好きな彼女はどこにいったんだと。そうか単にぼくの盲目の為せる技だったのかと目頭が熱くなっていく。
「……あ、の」
「ンだよ」
「そもそもナギサさんって、誰。ですか?」
 痛い沈黙が落ちた。そしてぼくはとうとうなにもかもが我慢しきれずに、泣いた。彼女がうろたえるのはわかったけれど、もう知るものかと身体を縮こめて泣きじゃくった。ぼくは確かに外見はおっかないかもしれないけれど、中身は一般人よりビビリなんだからな!
「オ、オイ……」
「君のこと確かに好きだとお、思ったけどっ。ここのベンチから見てるだ、だけでよかったのに……っ」
 なにもこんな形で夢を壊さなくてもいいじゃないか。さめざめと泣くことしか今のぼくには出来なかった。情けないと言われようが構うものか。
 閑散とした中、ぼくのしゃくりしか聞こえず、止まらない涙をダラダラ零していると、前方から突然あー! という叫びが聞こえた。反射的に肩を竦め、おずおず顔を上げると彼女が心底苛立たしげに頭を掻きまぜていた。その仕草もまた雄々しいです。純情可憐とは程遠い。
「わーったよ。悪かった!」
「へ?」
「テメエみてーなバカがナギサをつけ狙うほどタマがあるとは思えねーしな。疑惑は晴れた、無罪放免にしてやらァッ」
「あ、あの」
「だから泣き止め! ガラ悪ィくせにンなめそめそすんな!」
「っだあ!?」
 握っていた拳で頭を殴られた。ちょ、つむじとかマジ泣きしそうなぐらいに痛いんですけど!
 頭を抱えて唸っていると視界が暗くなり、ぐちゃぐちゃになった顔を上げると気難しげに顔をしかめた彼女がこちらを覗きこんでいた。間近で見た彼女はどんな顔をしていてもやっぱりかわいらしくて、だからこそ心底泣ける。
 けれど、ふと、あることに気付いた。手を開閉させて、また口を動かすも言葉にならないようだ。あーたらうーたら唸り、歯噛みしている。
 心配、されてるのかな、と思った。
「あ、の」
「ンだよ!」
 気遣ってくれてるんですか? 出会ったばかりのぼくを。
 けれど口にはしなかった。彼女はとても不器用でまっすぐなのだと、この短時間で知れたから。だから代わりにひくつきそうになる口端をあげて精一杯の笑顔を作った。
 ……そうだよ、彼女は悪くないんだ。悪いのは捩曲げた目で彼女の姿を捉えていたぼく自身なんだ。ごめんなさい、それと。
「……ありがとう」
 こんなどうしようもないぼくをウザく思っても仕方ないのに、きちんと相手をしてくれてありがとうと。
 次の瞬間、困惑していた彼女の顔が、勢いづいた炎のように一気に赤く染まった。
「バッバカかテメエ!」
「馬鹿って」
「だってバカだろ! ンな簡単に人信用するとか……っしかも俺手ェ出まくりだし」
 暴力的だという自覚はあったんですね。口にしたら殺されそうだけど。
 その様子をぼんやりと眺めていると立て! と怒鳴られて、反射的に勢いづいて敬礼してしまった。かつらと鞄を片手にフンッと鼻を鳴らし、そしてビシィッと左手を突き付けられる。身体が震えた。
「いいか、一週間後学校終わり次第ここに来い」
「へ?」
「わかったら返事!」
「はいいいいーっ!」
 勇ましい。勇ましすぎるよ。強烈なインパクトのせいで理想的な彼女の印象はすでにぶっ飛んでいた。目の前に立つのは漢と書いて男と読む彼女。今後ここに立ち寄るのは止めようというぼくの心を先読みしてくるあたりが恐ろしい。もし行かなかったら後ろから今度は金属バットで殴られそうだ。
 先程とは違う意味で泣きそうなぼくは頷くので精一杯だった。


一週間後。その間ぼくが何をしていたかといえば、血に飢えた獣たちの飼育というべきか舎弟に付き合って喧嘩三昧というべきか。とにかく暴れ放題だった。彼女とのことで自暴自棄だったといえばそれまでだけど。
「さすが玄雨さんっ最近ぼんやりしてたから大丈夫かなって思ってたんスけど、喧嘩になるとモーッ」
「何人束ねようとバッタバッタ倒してく圧倒的な強さ! やっぱ玄雨さんはカッコイイッス!」
「あー……」
 ぼくの真似なのか腕を振るって歓喜を表す彼等を尻目にぼくは零れそうな溜息を噛み殺した。
 憂鬱だ。好ましくない喧嘩に没頭してさらにうんざりだ。回避不能の喧嘩に巻き込まれ痛いのが嫌だからと倒していくことで怨みを買っていき、黒ずんだ連鎖が続いていく実感を覚えてまたもや逃げ出したい衝動に駆られてしまいそう。
「あれ、玄雨さんどこに行かれるんスか」
「約束。……ついてくんじゃないぞ」
 脅すというより子供に言い聞かせる言い方になってしまったけれど、不良たちは素直にはい、と頷いてくれた。素を出せないのは悲しいけれどいい奴らだ、と思う。
 約束の場所には二つの人影があった。一週間程度で周りの風景が変わるはずもなく、相変わらず公園は物寂しい。
 一人は彼女だった。亜麻色を胸まで垂らした、かつらだという事実に悲しくなるけれどやっぱり可憐だった。ただし見た目だけ。彼女はこちらに気付くとふんわりとした笑顔を浮かべてきた。うわあ、けどやっぱ可愛い癒されるー。
「……テメエ、ナギサにデレデレしてんじゃねーよ」
 と、その隣からゾクリとするほど地を這う声がして、そろそろと視線をずらした。
 そこには彼女と同じ顔が……。
「って、え、ええええ」
 なんで彼女が二人いるの!?
「アズサちゃん、そんなキツイ態度で接したら嫌われちゃうよ?」
 ふわふわとした笑顔を浮かべる彼女はまるで綿菓子のようで、やっぱりぼくの理想のままで胸がキュンとした。けれどなんで二人……しかも片方はどう見ても男物のブレザーを着ていた。七五三になるどころか凛々しい顔付きに相殺されてなかなか似合う。男装美少女だ。けれど先週のことがあってか、彼等のうちロングが小動物だとしたらショートは肉食動物に見える。
「ばっ嫌われようが別にいいし! それに……」
 ショートはチラリとこちらを見て、不機嫌そうに眉を寄せた。縦皺が物凄くくっきりだ。
「今日は前の非礼を詫びに事情を説明しにきただけなんだからな」
「事情?」
「テメエをストーカーだと勘違いしただろ。真犯人を取っ捕まえたから、改めての謝罪だ」
 それにしてはあまりにも偉そうで、こちらが悪いことをしたような気になるのは何故だろう。ごめんなさいごめんなさい何もしてないけどごめんなさい。
 腕を組んで仁王立ちするショートを隣に、彼女がすまなそうに頭を下げた。
「私がストーカー被害に遭っていたのをアズサちゃんがわざわざ女装して見張ってくれてたんです。それがまさか他人まで巻き込んじゃうなんて……」
「んと」
 つまり。
「貴女がナギサさん?」
 話を総合すると、隣のショートがぼくを襲った人物なわけで。
 回転の遅い頭がひとつの答えを弾き出した瞬間、ぼくの周りにお花畑が咲き誇った。
 やっぱり……やっぱり彼女はぼくの思ったとおりの妖精さんだったんだ!
「テメエ、ナギサに色目使ったら東京湾に沈めてやっぞ」
 お花畑がすぐに萎んでいった。いやいや手なんて出しませんよ滅相もない。
 それにしてもショートの方は何故男物を着ているのだろう。ショートだろうが極悪な態度だろうがスカートがよく似合ったというのに。質問するのが躊躇われたけれど、ぼくが余程変な顔をしていたのか、なんだ、と問われた。
「あの、なんで男物の服なんて着て」
「ああ゛っ?」
「ごめんなさいごめんなさいなんでもありません!」
 恐いよあんた!
 そんなぼくたちを眺めていた彼女がクスクスと笑いながらショートの肩に細い指を滑らせた。
「アズサちゃん、また勘違いされちゃったね」
「テメエ、次間違えたら殺してやっぞ」
「え、え?」
「俺は男だ」
 ……えー。
 けれどあんまり驚きはしなかった。むしろしっくりきて、ああそうなんだーと違和感なく納得してしまった。こんな可愛い見た目をした男が世の中に存在するには欠陥のひとつやふたつ、そう凶暴を超えた凶悪さは彼には必要だったんだね。もしこれで性格まで可愛かったら周囲の皆様が犯罪者になっちゃうものね。
「テメエ失礼なこと考えてんだろ」
「いや全然」
 すべて本当のことだ。
「んー、じゃあ話は終わりってことで帰っていい?」
 もっと彼女と話していたい気持ちはあったけれど、隣で目を光らせる肉食獣とこれ以上一緒にいるのはとてつもない勇気がいる。ぼくが尋ねると彼女は隣の彼にちろりと視線をやった。え、まだ何かあるの?
 彼はむうっと唇をへの字に曲げて、こちらを見上げてきた。今度は睨まれなかった。
「おい」
「何」
「付き合え」
「どこに、ッヒ!?」
 何かが物凄い勢いで頬を掠めていった。遠くまで投げられた鞄が地に落ちる音が聞こえてくる。
「もう一度言う。俺と付き合え」
「ええっとそれはー」
「わかんだろ、恋人になれっつってんの」
 今度は勘違いも何もなかった。
 彼はぼくに交際を申し込んでいた。
 彼女じゃなくて、彼が。
 これは夢だろうか。いや、先程掠めた部分がズクズクと熱を帯びた痛みを発している。思わずじりじりと後ずさった。そのぶん彼は距離を詰めてきた。
「い。いやいや。オレ男ですし」
「問題ない」
「いやいやありますって。それにオ……ぼくといてもいいことなんてありませんよ」
 彼等の前ではいつの間にか素を出しているけれど、世間様でのぼくのイメージは泣く子も黙る不良なのだ。一般人の彼等が関わるなんてとんでもない。決して良いことが起こるはずもなく、むしろ悪いことばかりが立て続けに襲い掛かるだろう。容易に想像できる。
「玄雨ツトム」
 名前を呼ばれ、驚きに顔を上げる。彼はいつになく尖がった、ぼくが憧れる凛々しさを兼ね備えた男の顔をしていた。
「黙って俺の恋人になりやがれ」
 なんでぼくの名前を知っているとか、なんでぼくなのか、正直理解不能だけれど。彼女じゃなくて彼だけど。ぼくが理想的だと思うのはやはり彼女で彼ではないけれど。逆接ばかりが浮かび上がり、頭の隅で警報が鳴り響く。
 ぼくを見据える強い眼差しとは裏腹、気付いてしまった。
 ……暴力しか振るわれない小さな手が、小刻みに震えていることに。
「いいよ」
 気付いたらそう答えていた。
 恋愛感情とは程遠いけれど、このときぼくは彼に興味を抱いたのだろう。


 後に彼女は語る。
「アズサちゃんね、実は玄雨さんに憧れてたのよ。顔を見たことはなかったみたいだけど噂でね。けど実際会ってみれば全然ちがうし、穏やかな気性でしょう? ギャップにやられちゃったんだって」
 あんだけ男嫌いだったのに、と笑う。そのとき男嫌いだったのかと驚いたものだ。
 しばらくして悟ったのだけれど、彼女には恋をしていたというよりも理想的な癒しを一方的にもらっていたみたいだ。それに見た目は理想的だけど中身はキングギドラな彼を恋人にした時点で恋愛感情ではなかったのだろう。だから告白とか甘い衝動が起きなかったのだろう。
 それなら彼はなんだといえば……これから過ごすお互いの時間とともに築き上げていく愛情に、いつか口にする日が来るかもしれない。

 君に恋してる。
 好きだ、と。


 (小説TOP) (END)