Round-U/009


 イズラがこの任務を請け負うのは、すべては組み上げた打算からだった。
 間者の情報を照らし合わせ、『贄』が東南の辺境地に設けられた小神殿に召喚されることを知って気分が高揚した。とうとう来たのだと、滅多になく胸が打ち震えたぐらいだ。同志は彼以上に歓喜し、以降迅速に行動しはじめた。
 計画は実に簡単だ。警備は通常より厳重とはいえ、辺境地に多くの衛兵を揃えるのはいかにも不自然である。周囲の村落は田舎なだけに噂が出回るのが早い。こちらに勘繰られる人数を捌くほど愚かではなかろう。それにこのような場所にまで追いやられた警備の質など高が知れている。
 よって対抗する人数と技量のどちらも申し分なく、後は間者の手引きで衛兵の格好をさせた数名を建物内に潜入させて内部から反乱を起こし、乗じて正面からも突撃する……手筈だったのだ。
 だが敵の方が一枚上手だった。決行前日、王都からのお偉方がわざわざ辺境の地にまでお越しになり、警備が強化されたのだ。一気に現状が悪化した上に、無関係の村人達の少なからずが、何だろうとわざわざ小神殿に足を運ぶ。イズラ達の立場を逆手にとり、何も知らない彼等を外壁に、これで潜入はともかく正面入口への突撃は取り下げざるを得なくなった。
 そこでイズラの出番が回ってきたというわけだ。逆にいえば、こうならなければ裏方で終わっていただろう……それはそれでよかったのだが。任が下りなければ、もとより個人の伝手で潜入を試みる予定だった身だ。それはイズラの雇い主も重々承知の上である。
 ――君はあのかわゆいかわゆ〜い巫女さんを殺すためにここに入ったものねえ? だからおれはなんに〜も言わないよ、仕事をきちんとやってくれんならね。ホントは口出ししたくてたまんないけど、残念ながらその資格がおれにはないもの。
 ホント残念だよ、と口惜しげに言う主は、相変わらずの放任主義でありお節介という二面性を持つ。冷酷な判断を下す反面、稀に見るお人よし加減が矛盾を生じさせる。
 だからこそ興味を引かれて契約したのだが……あの女を――自分と同じ色を持つ、巫女と呼ばれる女を殺すために。その意志は数年経過した今でも変わらないし変わりようがない。主はそんな自分を不器用ながら心配しているようで、それがとてつもなく愉快な気分にさせる。どのような状況でも多少の娯楽は必要である。
 突撃は前以て決められた計画内容となんら変わりない、だけどイズラがいるかいないかで敵をかく乱させることが可能になる。一部の者……特に自分の持つ武具を用いることで盲点といえる場所に風穴を開けるのだ。
 小神殿の中身はどれも似たり寄ったりで、どの壁に入口を作れば内部の警備をより混沌とさせ贄を連れ出す時間を稼げるかを計算する。
 このときのために溜めてきた弾は三発。一発はかく乱、二発は贄のいる部屋に先制攻撃、残りは……贄を必ず守り通すはずの女を殺すものだ。余分はない。
 小神殿といっても、ここ数百年の功績から神殿の権威が高まり、辺境に建てられているにも関わらず中の構造は複雑めいている。それだけに隙を突きやすく幸いだった。
 警備の緩い場所を壊しての侵入経路の確保、意表を突いての先制攻撃、混乱にかこつけて贄の強奪。
 贄が祈り場である中央祭壇にいない場合、いる場所はおのずと限られてくる。そのなかで一番有力なのが、この小神殿を担当する神官が使用する部外者立ち入り禁止区域の瞑想の場だ。有力である中央は同志に任せて、イズラはそちらの方をあたることにした。
 その結果、イズラは見事に当たりを引いた。
 贄と思わしき黒髪と、狙い続けてきた白髪の少女。目的の人物達と接触を果たすことが出来た。これも普段の行いが良いからだろう、流石自分だと褒めてやりたい。
 イズラは銃の標準を白髪の方に合わせて威嚇射撃をした後に、にぃっと口角を釣り上げた。
「うはははっスーゲェ爽快な気分だ。あっちの言葉を喋んのは疲れるしやっぱこっちの方がしっくりくる。ってことで死ぬ覚悟はできたかクソ女」
「覚悟はもとからありますけど死ぬ気は毛頭ありませんので」
 にべもない返答は彼の興奮と苛立ちを更に盛り上げ、もう一対の銃を差し向けた。
 ――なら死ねよ。
 本来ならば最期の餞別にそう告げて遠慮なく三発目を放つところだった。しかしそれには女の後ろに座り込む贄が邪魔だった。
 彼女だけは殺すわけにいかない。彼女はアルトメリアを変える重要な鍵。破壊力はこれまでの二発から実証済みで、このまま撃てば巻き込むのは確実である。
『オイコラ異世界人。どかねぇと一緒に撃っちまうぞ』
『……』
 贄はひどく青白い顔で彼を凝視めるのみで、ぴくりとも反応しなかった。言葉が通じないのかと訝しるも、意識は常に巫女に固定したまま一寸の隙すら見逃さない。
 瓦礫の山となった瞑想の場で、敵対するイズラと少女、そしてどちらも必要とする贄の存在。結末としては、標的を殺戮した後に贄を手に入れるのがベストだ。この女にただの銃が効かないのが、こうも仇となるとは……内心舌打ちし、どちらかを移動させる手段を考える中、扉があった方から複数の足音が近付いているのを耳に留めた。
 時間切れか。神殿の連中の不意を突いたからこそ有利に立てていただけで真っ正面にぶつかれば力量ではあちらの方が上だ。こちら側で撤退命令が下ったのだろう。その証拠に遠くの喧騒が鎮静化しつつあった。
 大方残念だけれど、贄さえ手に入ればまたも機会は巡ってくるのを知っているので、私情に駆られて粘る気はそう起きなかった。イズラは執着心が薄いだけに、捕われると粘り強く執念深い性質なのだ。
「クソ女、運がよかったな」
 と、イズラは獰猛な笑みを浮かべて言った。
「生憎と俺は契約している身でね、ここで贄を渡すわきゃぁいかねぇんだよ。もし贄をここに置いていくっつーなら今は逃がしてやってもいいぜ? 逃げる気がねぇんならその軽い脳味噌に弾丸を埋め込ませてもらうけどな。ちなみに贄に触れた場合も同じ結末を辿る」
「……仕方ないですね」
 相手の決断は思いの外早かった。銃が効かないといっても、当たれば激痛が走るのはそこらの人間と違わない。異世界への空間を繋げたことで力の大半を削った現状だ、抵抗は余計な怪我を増やすだけだとわかっているのだろう。その冷静さが憎たらしく弾をぶちこみたい衝動に駆られるが、今は時間がないし何より弾がもったいない。銃口を決して外さず、じりじりと贄との距離を詰めた。
『異世界人、大人しくついてこい。来ねぇなら気絶させてでも連れてく』
 贄は色を失った顔に不安と困惑を載せて、前方で立ち尽くす巫女に視線を遣った。明らかにイズラの方を敵と見做しているようだが、それは彼女が真実を知らないからだ。知れば巫女にそのような甘い目を向けるはずがない。改めて贄となった存在を観察する。
 そこらの女よりも細い体躯をした、何の力のない哀れな少女だった。同情に値するが、今はそんなことを考えている時間はなかった。
「巫女様ご無事ですか!」
「神官様は……っっまさか」
「あの男を捕らえろ!」
 と入口方面から聞こえた怒声に、イズラは舌打ちをかました。巫女に向けていた銃の矛先を変えて何発か放つ。高らかな音と共に襲い掛かる衛兵達が倒れ、その隙を見計らいイズラは少女を持ち上げて右肩に担いだ。
 少女は流石に抵抗を覚えたらしくじたばた足を動かしたが、それも数秒と経たず大人しくなった。顔色の悪さから、異空間を抜けた後遺症が抜けきれていないのだろう。太腿に打ち込まれた激痛に呻く男達を尻目に、イズラは左手の銃をいつでも撃てるように構えたまま半壊した部屋の外へと足早に移動した。
 巫女は外套に隠れた紅の瞳を仄かに輝かせて、そんなイズラ達をじぃっと見つめていた。そこに敵意は含まれていない。そもそも感情自体が、この少女には存在しないのだ。人形は嘘をつけず、命令なくては思考を働かせることをしない。先刻贄を渡すことを承諾したことで、彼女自身が動くことは決してない。それを知るイズラは崩れた壁から広がる青空を背景に振り返り、悠々とした態度を隠しもせずからかい混じりに宣言した。
「じゃ、俺はこれから逃げさせてもらうから。追ってくるならそれなりに覚悟しとけよ、返り討ちにしてやっから」
「ふざけるな大人しく捕まれ!」
 残りの衛兵が激情に駆られて、イズラに飛び掛る。イズラはそれを最後まで見届けることなく、「やなこった」とふざけ気味に言い返して二階から飛び降りた。


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