Act.1-3


 砂漠の国の王子様は周りに愛されて育った、まさに傍若無人を絵に描いたような人物でした。
 甘い蜂蜜の如く浅黒い褐色の肌。
 闇夜に溶ける黒檀のような艶やかな黒髪。
 瞳は美しい菫色で、国中の女達が彼に夢中になります。
 王子様は自分の手に入らないものはないと思い込んでいました。今の今までがまったくもってその通りだったからです。だからこそ新鮮味に欠けるつまらない日々を送っていました。
 けれど砂漠を渡ってきた魔術師が、一人の少女を連れてきたことから変わり始めます。
 魔術師は何を思ったのか王子様にその少女を引き合わせました。
 少女に興味を持った王子様は、彼女に私のものになれと言います。けれど少女はきっぱりと断りました。これに王子様は怒り狂いました。
 何故私のものにならぬ。私のものになれば大抵のことはなんでも叶うのだぞ。
 少女は言いました。
 私はあなた自身になんの魅力も感じません。あなたの容姿も。あなたの財産も。あなたの地位も。すべてあなたにくっついているだけのおまけに過ぎないのですから。そしてそのおまけがなければ、あなたは何もできない人間ではありませんか。
 王子様は怒りを忘れて驚きました。何故ならそんなことを言う人間は今の今までただ一人としていなかったからです。そして王子様はそんな少女にますます興味を抱きました。
 女よ、それならお前はどうすれば私に振り向くのだ。
 少女は少しの間考えた後でこう言いました。
 人を物として考えず優しくしてあげてください。色味のない日常が花咲くのも自分次第なんです。あなたの瞳と同じ柔らかで優しい色で染め上げてください。
 王子様は少女の口にした内容の意味がわかりませんでした。
 優しくするとはなんなのだろう。王子様は人を物のように扱うことを当然だと思ってきたのです。物に対して優しくするなど無駄なことだと考えていたのです。
 わからないと答えると、少女は悲しそうな顔をしました。
 あなたは人に優しくされたことがないのですか。
 王子様は考えました。王子様に媚びを売り甘えてくる輩なら山ほどいます。けれど全員が王子様自身を見てくれたことはないのです。そのことに露ほど疑問にも感じたことのない王子様は少女の言葉に疑念が増すばかりでした。
 彼等を見守っていた魔術師は言いました。
 王子様、この娘と二人での時間を過ごしてみてはいかがでしょう。この娘といることであなたの感じる疑問に答えをくれるかもしれません。
 王子様はそれをとても良い案だと思いました。
 こうして我儘な王子様は魔術師の連れてきた少女と共に過ごすようになったのです。


 ヒバリの口が閉じられ、髪を梳く指の動きも同じく動作を止める。元々二人しかいない空間はそれだけで沈黙が広がり、遠くからも物音ひとつしない静寂さに満ちる。
 アズはヒバリの膝に頭を乗せたまま、暫くしてようやく口火を切った。
「王子様はそのあと女の子のまっすぐさに惹かれて恋に落ちました。ハッピーエンドはお約束。王子様は彼女の優しさに感化されて最終的には心根の優しい素敵な王子様になりました……とゆーのはどぉ?」
「アズの想像力は相変わらずロマンチスト一直線やね。敢えて今日は特に貧困とは言わんよ、可哀想やしな。それにしてもなんで魔術師は王子様と少女を引き合わせたんやろな。きっとなんらかの陰謀があるんやって」
「言ってる! どう考えても貧困って言ってるから! それに陰謀って……せめて策謀って言いなよ。それにこれは所詮おとぎばなしなんだからそんな深い意図なんかあるはずないじゃん、あるとしても魔術師は王子様のワガママっぷりに我慢できなくて改善するためのきっかけを作っただけなんじゃないかなぁ?」
 以前は少女が王子様を裏切って他の男と手をとって愛の逃避行をしたのだとヒバリが提案。
 その前は少女が不治の病となり王子様がその治療法を探しに冒険に出たのだとアズが提案。
 はたまたその前は王子様が少女を口説き落としてハーレムを作り上げたなど。
 二人はこのお話をするたびに最後の結末を交互に想像して口に出し、その後とりとめのない議論をしていた。
 いつからこれをはじめたかどちらとも記憶にない。ただ暇つぶしが習慣化されたのだとくらいは容易に検討がつく。
 ヒバリはアズの言い分も一理あると浅く頷いた。
「王子様のこと詳細に書かれとらんけどめっちゃわがままっぽいもんな。女たちが夢中になる理由がわたしにはどーしてもわからんわ。これが恋は盲目ってやつなんやろか」
「ちょっと違う気がするけど。あ、そうそう女は人の良い男より悪い男に惹かれるのよって言葉聞いたことない?」
「それどこのアバズレ女の台詞なん」
「アバズレって酷いな! それに女の子がそんな汚い言葉使っちゃいけません!」
「じゃあ尻軽」
「あああヒバリが汚されてくうううぅぅっ」
 大仰に嘆くアズを半眼で見遣り、ヒバリは「あんなぁ」と溜息混じりで言う。
「わたしはこれでももう十五歳やよ? アズが思ってるほど子供やないの。そこんとこわかっとる?」
「それは一人や二人彼氏を作ってから言いなさい。……いや駄目だ彼氏だなんておれは許しませんからね!」
 自分で言っておきながら実の父親以上に小姑めく幼馴染に、ヒバリは何かを言いかけたそのとき。
「――ヒバリ」
「わかっとる」
 一瞬にして場の空気が変質した。


 (小説TOP) (春つげの魔女TOP) () ()